「ETS手術」についての記事まとめ
2024/03/01
院長ブログトップ > 【代償性発汗だけではない後遺症】ETS手術で後悔しないために
【代償性発汗だけではない後遺症】ETS手術で後悔しないために
手汗や脇汗の過度な発汗に苦しむ方々にとって、ETS手術はしばしば最終的な救済手段として考えられがちです。しかし、この手術がもたらす危険な副作用や後遺症には、広く知られる代償性発汗のみならず、他にも多数のリスクが存在します。特に、ETS手術後に代償性発汗という後遺症に悩まされて手術を後悔される患者さんは少なくありません。代償性発汗はしばしば手術前に感じていた多汗症の苦しみを上回ることさえあるのです。さらに、ETS手術には代償性発汗以外にも、様々な深刻な副作用・後遺症が報告されています。このようなリスクが存在するにも関わらず、日本国内でのETS手術の実施件数は年々増加傾向にあります。本記事では、危険とも言えるこのETS手術がもたらす様々な副作用・後遺症やそれに伴う苦悩を、客観的な視点から詳細に解説し、これからETS手術を検討されている方々への注意喚起となることを目指しています。私たちの健康は何よりも大切です。したがって、どのような治療を選択するにしても、そのリスクと利点を十分に理解し、慎重な判断が求められます。
ETS手術とは
1ETS手術、すなわちEndoscopic Thoracic Sympathectomyは、医学用語で胸腔鏡下胸部交感神経遮断術と呼ばれます。この手術は原発性局所多汗症、特に手のひらや脇の下など特定部位の重度な発汗をコントロールするための外科的治療法として知られています。日本では1996年4月に健康保険の適用範囲となり、それ以降、国内での実施件数が急増しました。ETS手術は、発汗をコントロールする役割を持つ交感神経を特定の部位で遮断することにより、過度の発汗を抑制するという治療原理に基づいています。この手術方法は長い歴史を持ち、多くの患者にとって一定の効果をもたらしてきました。しかし、手術によって遮断された神経経路は元に戻すことができないため、この手術の効果も副作用も恒久的です。
そんな大事な神経を切るETS手術は危険ではないのか?
ETS手術の過程で、交感神経幹という生命維持に重要な自律神経の一部が切断されます。この手術で選択的に遮断される交感神経は、木の枝のように本幹から伸び、私たちの体が自動的に機能するために不可欠な役割を果たしています。自律神経系は交感神経と副交感神経の二つから構成され、これらは常に互いにバランスを取り合いながら無意識のうちに働いています。このバランスによって、私たちの身体は機能的に生きることが可能です。交感神経は、ストレスや危険に直面した際に体を活発化させる役割を担います。活動時には心臓の鼓動が速くなり、血圧が上昇し、筋肉への酸素と栄養の供給を増やすために血流が増加します。また、交感神経は発汗を促進し、体温の調節にも寄与しています。一方で、副交感神経は「休息と消化」に関連があります。この神経は体をリラックスさせ、心臓の拍動を遅くし、消化を助けるなど、体を落ち着かせる役割を果たします。食事をした後に眠くなるのは、副交感神経が活動して体をリラックスさせているからです。ETS手術では、このように体の自動制御にとって非常に重要な片方の自律神経の一部を遮断して、発汗機能をコントロールする手術です。しかし、ここで重要な疑問が生じます。「そんな大事な神経を切るETS手術は危険でないのか?」という疑問です。発汗機能の制御以外にも多くの生理的役割を担う交感神経を切断することは本当に安全なのでしょうか?後遺症は起きないのか?特に発汗の抑制のみを目的に、このように重要な神経を切断することについては、私はこれまで常に疑問が感じていました。
代償性発汗という苦しみ
↑代償性発汗により衣服が常にびしょびしょになっている状態
胸腔下交感神経遮断術(ETS手術)の潜在的な副作用・後遺症として、代償性発汗、味覚性発汗、ホルネル症候群などがありますが、中でも代償性発汗はその深刻さと発生率の高さから特に注目される後遺症です。代償性発汗は、手術によって発汗が抑制された部位以外の場所、例えば背中、腹部、足などで、異常な発汗が生じる現象を指します。代償性発汗の発症率は症状の強弱を除けば、ほぼ100%と言われており、症状の強弱もETS手術前にその程度を予測することは困難です。特に、重症の代償性発汗に悩まされる患者は10%以上にのぼるという報告もあります。重症の代償性発汗では、胸部以下の皮膚からの汗が止まらず、服が常に湿っている状態が続きます。このような状況では、発汗による脱水症状が頻繁に生じ、日常生活に甚大な影響を及ぼします。
↑字幕注視。ETS手術を多く行うクリニックの動画内でも代償性発汗は100%起こることを断定しています(youtubeより抜粋)
ETS手術ではこの代償性発汗という副作用・後遺症が発生する可能性がほぼ100%である点、そしてその重症度が予測不可能という点から、ETS手術を受けるかどうかを慎重に考える必要があります。重度の代償性発汗は単なる汗の問題ではなく、患者の生活の質を大きく低下させる深刻な副作用です。私はこのような重度の副作用が起こり得ることが予測不能なETS手術な危険手術と言えます。私は断固としてETS手術は受けるべきではないと考えます。
交感神経切断後の深刻な影響:多岐にわたる後遺症
交感神経は、単に発汗を制御するだけでなく、私たちの身体の多様な機能に影響を与える重要な神経です。ETS手術によるこの神経の切断は、発汗を止める目的だけではなく、体の自律的な制御に深刻な影響を及ぼす可能性があります。この重要な事実を踏まえると、その安全性に関しては医学的な知識を有する者であれば、誰もが疑問を抱くでしょう。ETS手術の副作用・後遺症としてよく知られる代償性発汗、味覚性発汗、ホルネル症候群は、手術施設で説明される一般的な副作用ですが、実際にはこれら以外にも多くの後遺症が発生する可能性があります。これらは交感神経という体の重要な神経を切断することに起因する副作用で、自律神経失調症とも言える状態になります。以下は、台湾の林口長庚病院 が公表した、ETS手術後に起こり得る様々な自律神経失調症とも言える後遺症の一部です。
髪:髪の乾燥、抜け毛
皮膚:皮膚のかゆみ、皮膚炎、顔の赤み、手足の赤み
目:眼精疲労、目やに、ドライアイ、羞明、夜盲症
耳:耳鳴り、耳閉感
喉:口の乾き、味覚障害、口腔潰瘍、のどの痛み
体温調節機能:冷たい手足
熱感覚:顔や首、胸、上下肢の熱さ
汗の問題:顔、首、胸、腹部、臀部、大腿、ふくらはぎ、足の発汗、ドライハンド(両手)
感覚異常:手足の感覚異常
精神障害:注意散漫、記憶障害、現実感の喪失、やる気の喪失、不安、憂鬱、不眠、疲労、頭痛、めまい
消化器系:胃痙攣、胸の灼熱感、食欲不振、下痢、腹鳴、満腹感、吐き気、消化不良
呼吸器系:呼吸困難、胸苦しさ、胸骨圧迫感
心血管系:動悸
筋骨格系:筋力低下、関節痛、ヒリヒリ感、骨粗鬆症、関節炎
泌尿生殖器系:頻尿、排尿障害、会陰部のかゆみ、腎尿管膀胱結石、男性の勃起不全、遅漏、インポテンツ、女性の月経困難症
これらの多岐にわたる後遺症は、ETS手術の重要なリスク要因として理解されるべきです。交感神経切断後の影響は単に発汗の問題に留まらず、身体のさまざまな機能に及ぶことが明らかです。
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長期的な視点から見たETS手術の隠された副作用・後遺症
ETS手術の副作用・後遺症に関するデータは、多くの医療機関や医学論文によって公表されていますが、これらの情報は主に術後2年間の短期的な追跡調査に基づいています。しかし、交感神経を切断するETS手術による副作用・後遺症は、術後数年、場合によっては10年後といった長期間経過した後に初めて顕著に現れることがあります。術後の短期間には患者の満足度が高いことも多いですが、時間が経過し、新たな健康問題が発生しても、これを手術との関連性を否定する医療機関が存在する場合、公表されるデータは実際のリスクを反映していない可能性があります。このような現状は、ETS手術の長期的な副作用・後遺症の実態を見落とす原因となり、医療機関からの報告によって手術の成功率や満足度が誤って高く評価されることにつながりかねません。
ETS手術の決断に伴う後悔の実態
病院外の独立した調査によると、SNSを通じて行われた患者自身の声から明らかになるETS手術に関する後悔率は、驚くべきことに約90%にも上ります。これは、ETS手術後に満足している患者がわずか10%未満であることを示唆しています。多くの国では、ETS手術に伴う予測不能な副作用・後遺症のリスクが高すぎると判断され、危険な手術として禁止または制限が行われています。ETS手術の発祥地であるスウェーデンでは、2003年に数多くの患者からの苦情を受けて法的に禁止されました。台湾では2004年以降、20歳未満の患者への施術が厳しく制限され、実質的には行われていません。日本国内でも、ETS手術を受けた多くの人々が、その後遺症により学業や職業を断念し、障害年金や生活保護の申請に至るケースが増えています。過去には、ETS手術に関連した医療訴訟が少なくとも十数件発生しており、訴訟の対象となった医療機関の多くは手術の実施を中止しています。
ETS手術以外のよい治療法
原発性局所多汗症、例えば頭汗、手汗、足汗の過度な発汗に対処するための効果的かつ安全な治療法として、ボトックス注射が広く推奨されています。ボトックス注射は、ETS手術のように治らないような代償性発汗のリスクは全くなく、手軽かつ効果的な選択肢です。施術時の痛みがボトックスの一般的な懸念事項ですが、私のクリニックでは、10分間の全身麻酔によるマスク麻酔法を用いることで、患者様が痛みを感じることなくボトックス注射を受けられるよう配慮しています。ボトックス注射の効果は通常、約6ヶ月間続きますが、定期的な治療を受けることでその効果期間が延長する可能性があります。ボトックスは神経伝達を一時的にブロックし、注入部位の発汗を完全に抑制することで、日常生活における不快感や社会的な影響を軽減します。
それでもETSを受ける決断した場合
代償性発汗やその他の副作用のリスクを考慮して、それでも危険なETS手術の選択を検討する際は、最新の医療情報に注意することも重要です。近年、代償性発汗の発生率を低減するために、一部の医療機関では片側のみのETS手術を推奨しています。これらの施設では、片側手術における重症代償性発汗の発生率が非常に低いとの見解を示しています。また、この手法を支持する医学論文も出版されており、同様の理由から片側のみのETS手術が提唱されています。私自身はETS手術の実施に反対する立場を取っていますが、万が一ETS手術を受けると決断された場合は、利き手側のみの手術を選択することを考慮することをお勧めします。片側のETS手術は、重度の代償性発汗のリスクを低く抑える可能性があります。それでもなお、ETS手術はリスクが伴うことを十分に理解し、全ての可能性を慎重に検討した上で、最終的な判断を下すことが重要です。
【代償性発汗への対応】2つの有効な治療方法
ETS手術後に代償性発汗に悩まされている方にとって、以下の2つの治療法が最も効果的です。
1.ボトックス注射
ボトックス注射は、その効果が多くの医学論文によって確認されています。代償性発汗に苦しむ患者に対して、この治療法は最も効果的な解決策として認められています。治療を受けた患者のほぼ100%がボトックス治療に満足しているとの報告があり、その信頼性と手軽さから、私自身も代償性発汗の治療においてボトックス注射を第一選択肢として推奨しています。
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2.リバーサル手術
リバーサル手術は、切断された交感神経を代替の神経で再接続し、機能を復活させる治療法です。この手術は日本国内ではおそらく行っている施設はなく、主にフィンランドと台湾で実施されています。台湾の桃園市にある林口長庚病院では、使用される神経の移植元としては、ふくらはぎの腓腹神経や人工神経が選ばれています。この手術では、切断された交感神経にこれらの神経を接続し、交感神経の機能をバイパスすることで、代償性発汗の症状を緩和します。
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まとめ
最近、アベマTVで取り上げられたこともあり、手掌多汗症に対するETS手術が注目を集めていますが、このブログを通じて、代償性発汗だけでなく、ETS手術に伴う多くの危険なリスクが存在することを広く理解していただければと思います。重症の代償性発汗やその他の副作用・後遺症により、日常生活が根底から覆されるような事態に陥る可能性もあるため、ETS手術には慎重な検討が必要です。XやFacebook等の各SNSで「ETS手術後遺症」などを検索すると実際にETS手術の後遺症に苦しむ患者様の生の声が聞こえますので、是非参考にしてください。このような日常を破綻させてしまうような合併症を引き起こす可能性があるETS手術は受けるべきでないですし、医療機関は行うべきではないと私は考えます。代わりに、ボトックス注射やビューホット治療等を考慮することで、ETS手術のリスクを避け、多汗症の症状を安全に管理することが可能です。このブログが、多汗症に悩む方々にとって有益な情報となり、より安全で効果的な治療選択につながることを願っています。
筆者:元神 賢太
船橋中央クリニック院長/青山セレスクリニック理事長。慶応義塾大学医学部卒。外科専門医(日本外科学会認定)。美容外科専門医(日本美容外科学会認定)。美容外科医として20年以上の経験がある。手掌、足底、顔面、頭部の原発性多汗症に対して、マスク麻酔を併用した無痛のボトックス注射を日本で初めて行っている。また、わきが多汗症の治療器のビューホットを日本にいち早く導入し、これまでワキガ、スソワキガ、多汗症の治療例はこれまで延べ1万人を超える。
【関連項目】
足汗がひどい原因:足底多汗症の遺伝的背景と最新治療法の徹底解説
2024/02/21
院長ブログトップ > 代償性発汗は必ず起こるのか?対策や治療法はあるのか?
代償性発汗は必ず起こるのか?対策や治療法はあるのか?
ETS手術(内胸腔鏡下交感神経切断術)は、手掌多汗症や腋窩多汗症など、一部の慢性的な多汗症患者に対する治療法として知られています。この手術は、交感神経の特定の部分を切断し、過剰な手汗や脇汗、顔汗を軽減することを目的としています。しかし、ETS手術は必ずしも完璧な解決策ではありません。実際には、手術後に代償性発汗という新たな悩みに直面することがあります。代償性発汗とは、手術で発汗が抑制された部位以外、たとえば背中、腹部、足などで異常に発汗が生じる状態を指します。この現象は、多くの患者にとって予期せぬ副作用となり得るのです。本記事では、代償性発汗が発生する原理、その発生率、そして代償性発汗の対策や治療法について、詳細に解説していきます。
そもそもETS手術とは
内胸腔鏡下交感神経切断術(ETS)は、過剰な発汗を治療するための外科手術です。特に、手汗、脇汗、顔汗、頭汗の多汗症に対して行われます。この手術は、交感神経系が刺激されることによって生じる発汗を減少させることを目的としています。ETS手術の流れは以下の通りです
■全身麻酔と皮膚切開
患者は全身麻酔下に置かれ、背中やわき腹に小さな切開を数か所行います。ここよりカメラや器具を挿入して、胸腔内にアクセスできます。また、この際呼吸により肺の膨らみが手術の邪魔にならないように片側の肺だけに呼吸させる片肺換気による麻酔手術で行われます。
■交感神経の特定
カメラ(胸腔鏡)を通じて、交感神経を特定します。交感神経は背骨の側面に沿って走る神経束で、身体の様々な自律神経機能を制御しています。
■交感神経の切断またはクランプ
手術の目的に応じて、T2(胸椎2番)、T3(胸椎3番)などの特定のレベルの交感神経を切断またはクリップでクランプします。T2、T3というのは背骨の特定の部分(胸椎の2番目と3番目の椎骨)を指し、このレベルの神経を操作することで、手のひらや脇の下などの特定の部位の発汗をコントロールします。
■手術の完了
手術が終わると、切開部は閉じられ、患者は回復室へ移されます。ETS手術は通常、発汗のコントロールに効果的ですが、合併症のリスクがあります。最も一般的な合併症は代償性発汗で、これは手術した部位以外の身体の部分で過剰な発汗が生じる現象です。例えば、手のひらの発汗が減少すると、背中や腹部で発汗が増加することがあります。
代償性発汗はなぜ起こるのか?
代償性発汗の発生原因は、現在の医学ではまだ完全には解明されていません。ETS手術(内胸腔鏡下交感神経切断術)によって特定の交感神経が切断されると、体はこの変化に反応して残った神経の活動を過剰に高める可能性があります。この過剰な神経活動が、手術で発汗が抑制された部位以外の体の他の部分、例えば背中や腹部、足などで異常な発汗を引き起こすとされています。しかしながら、この現象に関する具体的な科学的証拠はまだ十分にはありません。
加えて、特にETS手術でT2レベル(胸椎の2番目の部分)の交感神経を操作することが、代償性発汗のリスクを高めるといわれています。T2レベルでの手術が行われると、体温調節に重要な役割を担う視床下部への神経のフィードバックが中断される可能性があり、これが代償性発汗のリスクを増加させると考えられています。
このように、代償性発汗の発生には複数の要因が関わっていると推測されており、それぞれの患者において異なる反応が生じる可能性があります。代償性発汗の理解を深めるためには、さらなる研究が必要ですが、現在のところ、これを完全に防ぐ方法は明確には確立されていません。患者と医師は、ETS手術のリスクと利益を慎重に評価し、個々の状況に最適な治療法を選択する必要があります。
出典元:
Surgical management of compensatory sweating: A systematic review
代償性発汗は回避が困難なETS手術の合併症
日本皮膚科学会による「原発性局所多汗症診療ガイドライン 2023 年改訂版」では、ETS手術(内胸腔鏡下交感神経切断術)後の代償性発汗を完全に防ぐ方法は確立されていないとされています。このため、手術を検討する際には、代償性発汗のリスクに関する十分なインフォームドコンセントが不可欠です。しかし、一部の研究では、手術の際に遮断する神経の部位を慎重に選択することで、重度の代償性発汗のリスクを軽減できる可能性が示唆されています。特に、T2領域(胸椎の2番目の部分)の遮断を避けることによって、代償性発汗のリスクを減少させることが可能です。手掌多汗症の治療では、T3領域(胸椎の3番目の部分)以下の遮断でも効果が期待できるため、T2領域の遮断は避けるべきとされています。一方で、頭部顔面多汗症の治療においては、T2領域の遮断が必要となるためこの場合は患者に代償性発汗のリスクに関する詳細な説明と同意を得た上で手術を行うべきとされています。
出典元:
代償性発汗の頻度
代償性発汗の発生頻度は、過去数年間で変化が見られています。2006年頃から、この合併症の頻度は徐々に減少傾向にあるとされています。近年の医学論文では、交感神経の遮断をT3領域より下位で行うことにより、代償性発汗の頻度を低減しつつ、手掌多汗症に対する効果は以前と変わらないとする報告が増えています。これらの研究報告によると、代償性発汗の発生頻度は概ね20%以下であるとされていますが、客観的なデータの欠如が指摘されています。現在のところ、代償性発汗の実際の発生頻度の減少が事実なのか、発生頻度自体は変わらずに症状の程度が軽減されているのか、発汗部位や発汗過程が変化しているのかについては、明確には分かっていません。これらの情報は、主に患者の主観的な報告に基づいており、客観的な評価が求められています。
代償性発汗のジレンマ ;ETS手術の副作用への懸念
重度の手汗や頭汗に悩まされる患者の中には、最終手段としてETS手術(内胸腔鏡下交感神経切断術)を選択する方もいます。しかし、この手術の副作用として起こり得る代償性発汗は、頭汗の治療においてはほぼ100%の確率で、手汗の治療では約20%の確率で発生することが報告されています。この副作用の発生は予測不可能であり、ETS手術のリスクとして重要な問題点となっています。代償性発汗の最大の問題は、多汗症の原症状よりもさらに重度の発汗状態を引き起こすことがある点です。治療を受けた部位の多汗症が軽減される一方で、臀部、背中、胸など、他の部位の多汗症が深刻化することがあります。私は多くの患者が代償性発汗に苦しんでいるのを目の当たりにしてきました。これらの症例から、ETS手術が代償性発汗という副作用を起こさない方法に改良されない限り、この手術を推奨することはできません。
代償性発汗の治療
代償性発汗は、治療可能な症状です。現在、ボトックス、ビューホット、ミラドライといった治療法が提供されていますが、その中でもボトックスが特に効果的で推奨される治療方法です。
■ ボトックスによる治療
ボトックスは、多くの医学論文でその有効性が証明されており、代償性発汗に対する治療法として広く認められています。治療を受けた患者の中で、ほぼ100%がボトックス治療に満足しているというデータが存在します。その確実性と手軽さから、私自身も代償性発汗治療の第一選択としてボトックスを推奨しています。
■ ビューホットまたはミラドライ
ビューホットは高周波を利用し、ミラドライはマイクロ波を利用した治療法で、どちらも多汗症に対して効果が期待できます。これらの方法は多汗症の症状を最大50%程度まで改善する可能性があります。しかし、代償性発汗による重篤な症状に対しては、50%の改善でも患者が十分な満足を得られるとは限りません。
ボトックスによる代償性発汗は起こらないのか?
従来、ボトックス治療による代償性発汗の発生はほとんど報告されていませんでしたが、近年の研究により新たな知見が得られています。最新の研究では、原発性局所多汗症の患者89名のうち、ボトックス治療またはイオンフォトレーシスを受けた24名(約28%)が代償性発汗を体験したことが報告されています。このうち、16名(約75%)は軽症、7名(約21%)は中等度、1名(約4%)は重症の代償性発汗を経験しました。代償性発汗を発症したいずれの患者も症状は数か月で自然に改善され、これらの患者でも、ボトックス治療またはイオンフォトレーシスに対する満足度に大きな変化はなかったとされています。これらの結果から、ETS手術に比べてボトックス治療による代償性発汗は、もし発生しても一時的であり、長期的な多汗症の問題にはなりにくいと考えられます。ボトックス治療は、安全性が高く、多汗症の症状を効果的に管理できる選択肢として、引き続き患者に推奨される治療法と言えるでしょう。
Compensatory Hyperhidrosis After Non-Surgical Treatment of Primary Focal Hyperhidrosis: Two-Year Single-Centered Prospective Study From Jordan. Jihan Muhaidat, Firas Al-qarqaz, and Diala Alshiyab
ボトックス注射の長期効果;多汗症治療における新たな展望
私の経験に基づくと、多汗症治療におけるボトックス注射の効果は個人差がありますが、興味深い傾向が見られます。通常、ボトックスの効果は約6か月程度持続するとされています。しかし、定期的にボトックス注射を受け続けている患者の中には、その効果がより長期間にわたって持続するケースや、以前よりも多汗症の症状が改善されたと感じる方がいらっしゃいます。
この現象は、神経と汗腺の間に何らかの変化が起こっていることを示唆しているかもしれません。ボトックス注射を継続することにより、神経伝達物質の放出が抑制され、汗腺の反応性が時間とともに変化する可能性があります。この点に関しては、まだ明確な科学的根拠は限られていますが、患者の体験談や臨床経験から、ボトックス注射が長期的に多汗症の症状を改善する可能性があることが示唆されています。多汗症治療において、ボトックス注射は効果的な選択肢の一つであり、患者によっては長期的な持続的な効果がある可能性があることを念頭に置くことが重要です。
まとめ
ETS手術は多汗症治療において選択肢の一つですが、多くの患者が手術後に代償性発汗の問題に直面することがあります。そのため、私はETS手術を慎重に検討すべきと考えます。特に、ボトックス注射という非常に優れた治療法が存在する現在、手汗、足汗、顔汗・頭汗に対しては、ボトックス注射を第一の選択肢として推奨します。また、既にETS手術後の代償性発汗で苦しむ患者に対しても、ボトックス注射は有効な治療法です。
ボトックス注射は治療時の痛みは懸念事項ですが、筆者が推奨するマスク麻酔による完全無痛麻酔を用いることで、患者は痛みを全く感じることなく、寝ている間にボトックス注射を受けることができます。ボトックス注射は、多汗症や代償性発汗で悩む多くの患者にとって効果的かつ安全な治療法であり、多汗症の悩みを解消する手段として最も良い方法と考えます。
筆者:元神 賢太
船橋中央クリニック院長/青山セレスクリニック理事長。慶応義塾大学医学部卒。外科専門医(日本外科学会認定)。美容外科専門医(日本美容外科学会認定)。美容外科医として20年以上の経験がある。手掌、足底、顔面、頭部の原発性多汗症に対して、マスク麻酔を併用した無痛のボトックス注射を日本で初めて行っている。また、わきが多汗症の治療器のビューホットを日本にいち早く導入し、これまでワキガ、スソワキガ、多汗症の治療例はこれまで延べ1万人を超える。
【関連項目】
足汗がひどい原因:足底多汗症の遺伝的背景と最新治療法の徹底解説
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