投稿日:2025/03/03
(最終更新日:2025/06/26)
多汗症に汗腺抑制注射は有効? 保険は適用?
多汗症は、多くの人が悩む症状のひとつです。発汗が異常に多くなる部位としては、脇(腋窩)、手のひら(手掌)、足の裏(足底)、顔(顔面)、頭部の5つが主に挙げられます。特に、明確な病気が原因ではなく、体質的に汗の分泌が過剰になる場合を原発性多汗症と呼び、部位ごとに原発性腋窩多汗症、原発性手掌多汗症、原発性足底多汗症、原発性顔面多汗症、原発性頭部多汗症と分類されます。さらに、特定の部位に限らず全身の発汗が異常に多くなる場合は、原発性全身多汗症と診断されることもあります。
多汗症に対する治療法はさまざまですが、その中でも特にボトックス(ボツリヌス毒素)注射は、発汗を効果的に抑える治療法のひとつとして注目されています。本記事では、ボトックスが多汗症にどのように作用するのか、効果の持続期間や副作用、さらには保険適用の条件について詳しく解説していきます。
ボトックスで多汗症を治療できる?
多汗症の治療法としてボトックス注射は高い有効性を示しています。日本皮膚科学会が策定した「原発性局所多汗症診療ガイドライン 2023年改訂版」では、ボトックスは原発性腋窩多汗症(わきの多汗症)に対して推奨度B(行うよう勧められる)と評価されています。 これは、ボトックスが発汗を抑制する効果が科学的に支持されていることを示しています。d
一方、手掌(手のひら)や足底(足の裏)、顔面、頭部などの他の部位における多汗症に対しては、ボトックスの使用が推奨度C1(行うことを考慮してもよいが、十分な臨床試験や疫学研究がない)とされています。 これは、これらの部位でのボトックスの効果に関する臨床試験データがまだ十分ではないことを意味します。
なお、同ガイドライン内では、推奨度A(強く行うよう勧められる)に該当する治療法は存在せず、全ての推奨される治療法がBまたはC1に分類されています。これは、多汗症の治療において、個々の患者の症状や生活の質を考慮し、最適な治療法を選択する必要があることを示唆しています。
ボトックス効果の多汗症に対する仕組みと持続期間
ボトックスは、A型ボツリヌス毒素を主成分とする製剤で、この毒素はボツリヌム菌が産生する神経毒素の一種です。ボツリヌス毒素にはA型からG型までの7種類が存在しますが、その中でもA型は特に精製度が高く、効果と持続時間に優れています。
多汗症は、エクリン汗腺の過剰な活動によって引き起こされます。この汗腺の活動は、自律神経の末端から放出されるアセチルコリンという神経伝達物質によって制御されています。アセチルコリンがエクリン汗腺の受容体に結合すると、発汗が促進されます。ボトックスは、このアセチルコリンの放出を抑制することで、汗腺の活動を抑え、発汗を効果的に抑制します。
ボトックス注射の効果は、施術後2~3日で現れ始め、約1~2週間で安定します。効果の持続期間は個人差がありますが、一般的には6ヶ月前後とされています。ただし、効果の持続期間には個人差があり、注入量や体質、医師の技術によっても変動します。効果を持続したい場合には、定期的に施術を受ける必要があります。
ボトックス注射は、脇(腋窩)だけでなく、手のひら(手掌)や足の裏(足底)、顔面、頭部など、さまざまな部位の多汗症に適用可能です。施術時間は部位によって異なりますが、脇の場合は数分程度で完了し、ダウンタイムもほとんどありません。
ボトックスの効果はなぜ約6か月で薄れるのか? そのメカニズムを解説
ボトックス(A型ボツリヌス毒素)による多汗症治療は、発汗を抑える効果が6か月前後持続することで知られています。しかし、時間の経過とともにその効果は薄れ、発汗が再び増加します。この一時的な性質には、神経の再生・ボトックスの分解・個人の代謝の違いという3つの主要な要因が関与しています。
1.神経末端の再生とアセチルコリンの回復
ボトックスは、汗腺を刺激する神経伝達物質「アセチルコリン」の放出を抑制することで発汗を防ぎます。しかし、神経には自己修復能力があり、ボトックスの影響を受けた神経末端も時間の経過とともに再生されます。
新しい神経末端の形成により、ボトックスがブロックしていた神経伝達が回復し、発汗が再開します。
アセチルコリンの分泌も徐々に正常化し、汗腺の活動が元の状態に戻ります。
この再生プロセスには個人差がありますが、一般的には6か月程度でボトックスの効果が消失します。
2.ボトックスの分解と体内からの排出
ボトックスはタンパク質であり、体内では時間の経過とともに酵素や免疫系によって分解・排出されます。
酵素による分解:ボトックスは分解されて無害な成分になり、汗腺への影響を失います。
免疫系による除去:体が異物として認識し、ボトックスを分解・排出するため、効果が持続しなくなります。
ボトックスが完全に分解されると、神経の遮断効果が消え、発汗が再開します。
3.個人の体質による影響:代謝と神経の適応力
ボトックスの効果の持続期間には、個人の代謝や神経の適応力も関与します。
代謝が速い人ほどボトックスの分解が早く進み、効果が短くなる傾向があります。
神経可塑性(神経の適応力)が高い人は、新しい神経末端の形成が早く、ボトックスの影響を早期に打ち消す可能性があります。
運動量が多い人は代謝が活発で、ボトックスの効果が短くなりやすいとも言われています。
こうした個人差により、同じボトックス治療を受けても効果の持続期間には違いが生じます。
多汗症のボトックス治療における保険適用の可否と料金
多汗症のボトックス治療は保険適用される? 適用条件と料金を解説
ボトックスによる多汗症治療は、全てのケースで保険適用となるわけではありません。日本の医療制度において、保険が適用されるのは「重症」の原発性腋窩多汗症(わきの多汗症)のみであり、手掌(手のひら)、足底(足の裏)、顔面、頭部などのその他の部位に対する治療は自由診療(自費)となります。
保険適用の基準:わき汗の「重症」の判定とは?
原発性腋窩多汗症(わきの多汗症)の場合、保険適用を受けるには重症であると診断される必要があります。この重症度は、以下の4段階評価によって判定されます。
1️⃣ 発汗は全く気にならず、日常生活に全く支障がない。
2️⃣ 発汗は我慢できるが、日常生活に時々支障がある。
3️⃣ 発汗はほとんど我慢できず、日常生活に頻繁に支障がある。
4️⃣ 発汗は我慢できず、日常生活に常に支障がある。
「3」または「4」に該当する場合にのみ、重症と判定され、保険適用の対象となります。
しかし、この基準は比較的厳しく設定されているため、実際に保険適用でボトックス治療を受けられるケースは非常に限られています。そのため、多くの患者が自由診療(自費)で治療を受けることになります。
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ボトックス治療の費用:保険適用と自由診療の違い
🔹 保険適用の場合(原発性腋窩多汗症・重症)
3割負担の場合:1回あたり約23,000円前後(ボトックス50単位)
🔹 自由診療(保険適用外)の場合
- ボトックス100単位で8万円前後が相場
- 医療機関によっては10万円を超えることもある
- 治療部位や使用量によって費用が異なる
多汗症 ボトックス治療の副作用やデメリット(悪化する可能性は?)
ボトックスは、多汗症の治療において高い有効性が認められている治療法ですが、副作用やデメリットが全くないわけではありません。治療を受ける前に、考えられるリスクや注意点を理解することが重要です。
1.ボトックスの副作用:安全性と稀なリスク
ボトックスの安全性は、大規模なランダム化比較試験や非ランダム化試験により科学的に検証されており、多くの臨床研究でその有用性が報告されています。
一般的に、副作用は軽度で一時的なものが多く、以下のようなものが挙げられます。
注射部位の痛み・腫れ・内出血:注射による一時的な刺激反応として発生することがありますが、数日以内に改善します。
稀に起こる筋力低下:特に手のひらや足裏にボトックスを注射した場合、一時的に筋力が低下し、握力の低下や歩行時の違和感を感じることがあります。
頭痛や倦怠感:ごくまれに、ボトックスの作用が自律神経に影響を与え、軽い頭痛や疲労感を引き起こすことがありますが、数日で改善します。
また、以前はボトックスを長期間繰り返し投与することで耐性が生じる可能性が懸念されていました。しかし、現時点では耐性や中和抗体の産生についての明確なエビデンスはなく、長期使用でも効果が持続すると考えられています。
2.ボトックス治療のデメリット
ボトックス治療における最大のデメリットは、治療時の痛みのコントロールです。
🔹 痛みの強さは部位によって異なる
ワキ(腋窩):冷却しながら注射を行うことで、比較的痛みを軽減できます。
手のひら(手掌)・足の裏(足底)・頭部:神経が密集しているため、非常に強い痛みを伴うことが多く、冷却だけでは不十分です。
このため、筆者(医師)は、手掌・足底・頭部のボトックス注射において、マスク麻酔を併用した完全無痛麻酔を推奨しています。麻酔を使用することで、痛みに対する負担を大幅に軽減できるため、患者の負担を最小限に抑えながら治療を行うことが可能になります。
🔹 効果が一時的であり、定期的な治療が必要
ボトックスの効果は約4〜6か月で薄れていくため、持続的な効果を得るには定期的な治療が必要になります。
3.ボトックスで多汗症が悪化することはあるのか?
ボトックス治療において、多汗症が悪化することは基本的にありません。
例えば、手掌多汗症の治療として行われるETS手術(胸部交感神経遮断術)は、代償性発汗(別の部位で発汗が増加する現象)を引き起こすリスクが高いことが知られています。しかし、ボトックス治療では代償性発汗が大きくなることはないため、ETS手術に比べるとリスクが少ない治療法と言えます。
ボトックス vs. 手術:どちらが最適?治療法の比較とおすすめの選択肢
多汗症の治療にはさまざまな選択肢がありますが、手術とボトックス治療のどちらが最適なのかは、治療対象の部位や症状の重症度によって異なります。特に、手掌(手のひら)・足底(足の裏)・顔面・頭部の多汗症においては、現時点でボトックスに勝る治療法は存在しないとされています。
1.手掌多汗症の手術(ETS)の問題点
手掌多汗症に対しては、ETS手術(胸部交感神経遮断術)が保険適用で行われることがあります。しかし、この手術には以下のような大きなリスクがあります。
✔ 高頻度で代償性発汗が発生(他の部位の発汗が増える)
✔ 一度手術を行うと元に戻せない
✔ 発汗が減っても、ドライアイや体温調節機能の低下などの副作用が起こることがある
これらの理由から、ETS手術は慎重な判断が必要とされており、近年ではリスクの少ないボトックス治療を選択するケースが増えています。
2.腋窩多汗症(わき汗)の治療法の選択肢
ワキの多汗症(腋窩多汗症)に関しては、ボトックス以外にも以下の治療法が選択肢として挙げられます。
🔹 手術(反転剪除法)
ワキの汗腺を直接切除する方法で、半永久的な効果が期待できます。しかし、傷跡が残るリスクやダウンタイム(回復期間)が長いため、日常生活に支障をきたす可能性があります。
🔹 ビューホット治療
高周波(RF)を用いて汗腺を破壊する方法で、ダウンタイムが少なく、効果が長期間持続するのが特徴です。ただし、ワキガ症により特化している治療であるため、多汗症に対する効果には個人差があるため注意が必要です。
🔹 ミラドライ
マイクロ波を使用して汗腺を破壊する治療法で、比較的低侵襲(体に負担が少ない)ながら、効果が持続することがメリットです。ただし、汗が完全に止まるわけではなく、50%程度の減少にとどまるケースが多いとされています。
3.ボトックス治療の圧倒的な効果
ボトックス注射は、効果が持続する期間こそ約4〜6か月と限られていますが、その間はほぼ100%に近い汗の抑制効果が期待できます。
✔ 即効性があり、数日以内に発汗が抑えられる
✔ 代償性発汗のリスクがない(ETS手術とは異なる)
✔ ワキ・手掌・足底・顔面・頭部の多汗症に広く適用可能
✔ 傷跡が残らず、ダウンタイムも少ない
一方、ビューホットやミラドライ、手術などの治療法は、50%程度の汗の減少が見込めるものの、「汗がピタッと止まる」感覚は得られないため、特に重症の多汗症患者には物足りなく感じることがあります。
4.どの治療法を選ぶべきか?
✔ ボトックスがおすすめなケース
- 手掌・足底・顔面・頭部の多汗症(現時点でボトックスが最も効果的)
- 確実に汗を止めたい場合(100%近い抑制効果)
- 手術を避けたい場合(非侵襲的な治療)
- 即効性を求める場合(施術後数日で効果が現れる)
✔ ボトックス以外の治療法を検討するケース
- ワキ汗を長期間抑えたい(ミラドライ・ビューホット・手術など)
- ボトックスの繰り返し治療が負担(費用や通院の問題)
- 重症のワキ汗で、半永久的な効果を希望(手術を考慮)
まとめ
ボトックス治療は、多汗症に対して高い即効性と効果的な発汗抑制をもたらす治療法です。特に、手掌・足底・顔面・頭部の多汗症では、現時点でボトックスに勝る治療法はなく、唯一100%近い発汗抑制が可能とされています。ワキの多汗症においても、ボトックスは有効な選択肢の一つであり、ビューホットやミラドライと比較しても即効性に優れ、代償性発汗のリスクがない点が大きなメリットです。ただし、効果の持続期間が6か月前後であるため、定期的な施術が必要となる点はデメリットとして考慮すべきポイントです。
また、ボトックスの効果は医師の技術によって大きく左右されることも重要な点です。ボトックスは、汗腺を支配する神経の伝達をブロックすることで発汗を抑制しますが、その効果を最大限に引き出すには、治療部位に万遍なく均一に注射を行うことが不可欠です。もし注入が不均一だと、一部のエリアでは発汗が抑えられても、他の部分では汗が残るという結果になり、十分な治療効果を得られません。
さらに、ボトックスの注入が深すぎると、薬剤が脂肪組織へ移行してしまい、本来のターゲットである神経終末に適切に作用せず、効果が弱くなってしまうことがあります。特に手のひらや足の裏など、皮膚が厚く神経が浅い部位では、適切な深さへの注入が成功の鍵を握ります。このように、ボトックス治療は単に薬剤を注射すればよいというものではなく、医師の技術と経験が大きく影響を与えるため、安易に価格だけで医療機関を選ぶのは避けるべきです。
ボトックスは、安全性が高く効果の確立された治療法ですが、適切な技術を持つ医師のもとで施術を受けることが、最大限の効果を得るための重要なポイントとなります。多汗症治療を検討する際は、単に費用の安さではなく、医師の実績や技術力、症例数、カウンセリングの充実度などを考慮し、自分に最適な医療機関を選ぶことが大切です。
筆者:元神 賢太
船橋中央クリニック院長/青山セレスクリニック理事長。慶応義塾大学医学部卒。外科専門医(日本外科学会認定)。美容外科専門医(日本美容外科学会認定)。美容外科医として20年以上の経験がある。手掌、足底、顔面、頭部の原発性多汗症に対して、マスク麻酔を併用した無痛のボトックス注射を日本で初めて行っている。また、わきが多汗症の治療器のビューホットを日本にいち早く導入し、これまでワキガ、スソワキガ、多汗症の治療例はこれまで延べ1万人を超える。【関連項目】
足汗がひどい原因:足底多汗症の遺伝的背景と最新治療法の徹底解説
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