投稿日:2024/09/01
(最終更新日:2024/09/20)

人間にも換毛現象?夏に多い季節的な抜け毛について【第29回】

夏の抜け毛に悩む女性

(第28回「知っておきたい女性の発毛のメカニズム」からの続き)

換毛とは、野生動物が特定の季節に毛を生え変える現象を指します。驚くことに、人間にもこのような季節的な変化が見られるのです。日常的に増える抜け毛は、薄毛の原因となり、悩みやストレスの一因となることがありますが、これが自然な生理現象であることを理解すれば、不安が軽減されるかもしれません。この記事では、季節による人間の抜け毛についての研究の紹介とメカニズムについて詳しく解説します。

動物の換毛について

換毛は多くの動物に見られる現象であり、さまざまな内的および外的要因によって調整されています。気温の変化や日光への露出が換毛の主な要因と考えられていますが、特に日光の影響がより大きいようです。日照時間の変化は、哺乳類の毛の抜け替わりに大きく関与しており、多くの哺乳類は冬に厚い毛を生やし、夏に向けて薄い毛に変わります。たとえば、馬は冬毛になる傾向があります。このような被毛の季節変化を理解することは、羊毛産業においても重要なようです。カシミアヤギの例では、日照時間を短縮することで毛周期の成長期を延ばし、カシミアの生産量を増加させています。

動物の換毛

↑動物の夏と冬の毛の違い(換毛の結果)

人間の季節性脱毛についての5つの重要な研究

人間の季節性脱毛に関する最初の報告は、1969年にOrentreichによって発表されました。その後、多くの研究が行われ、季節ごとに変動する抜け毛の現象について、以下の5つの重要な研究が現在までに報告されています。

研究1: ランドールとエブリング (1991)
この研究では、14名の健康な男性を対象に、28日ごとに髪の成長パラメータを調査しました。18ヶ月にわたり、参加者は髭や抜け毛、爪の切り落としを定期的に採取し、頭皮の5箇所から毛髪サンプルを提供しました。研究結果では、成長期の毛髪の割合は3月にピークを迎え、その後9月まで減少することが示されました。抜け毛の量は8月と9月に最大となり、3月に最小となりました。興味深いことに、髪の太さは季節によって変化しませんでした。

研究2: Courtois (1996)
フランスのL’Oreal Laboratoriesが行ったこの研究では、10名の被験者を8年から14年にわたり追跡調査しました。休止期に入る毛髪の割合が、夏の終わりから秋にかけて増加し、冬にかけて減少することが確認されました。また、脱毛のピークは休止期のピークより12ヶ月遅れて訪れることが明らかになりました。

研究3: Pierard-FranchimontPierard (1999)
この研究では、2年間にわたって2857名の被験者を対象に、頭髪密度の変化を調査しました。結果、7月から10月にかけてびまん性脱毛症の割合が増加し、1月に最も低い割合となることが示されました。

研究4: クンツ他 (2008)
スイスで行われたこの研究では、823名の女性を対象に、頭髪密度検査を用いて季節性脱毛のパターンを分析しました。2月に最も低かった休止期の割合は7月に最高値に達しました。この研究は、調査対象の女性の多さや、女性型脱毛症の有無にかかわらず季節性脱毛が見られることを示した点で注目されます。

研究5: Liu (2014)
中国で行われたこの研究では、41名の男女ボランティアを対象に、季節による髪の成長パターンの変化を調査しました。9月に休止期の毛髪の割合が最大となり、1月に最小となることが確認されました。女性の休止期の割合は1月の約8%から9月には12%に増加しました。

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季節性脱毛:夏の終わりから秋がピーク

紹介した5つの重要な医学研究は、人間の抜け毛が夏の終わりから秋にかけて増加するという現象を支持しています。これは、自然界における多くの動物が季節ごとに毛を生え変えるのと類似した現象であり、人間にも同様のリズムが存在することを示唆しています。

人間の季節性脱毛は非常に現実的な問題であり、北半球では8月と9月にピークを迎えます。この時期に抜け毛が増える理由としては、日照時間が短くなることで、体内のホルモンバランスや毛髪の成長サイクルに影響が及ぶ可能性が考えられています。特に、紫外線から皮膚を守る役割を果たしていた夏の毛髪が役目を終え、秋になるとその必要性が減少するため、抜け毛が増えるのではないかと考えられています​。

さらに、寒い冬に備えて体温を維持するために、冬毛の生え変わりが遅れることで、秋の終わりから冬にかけての抜け毛が減少するという説もあります。このように、季節ごとの気温や日照時間の変化が、ヒトの抜け毛に深く関与していることは明らかです。しかし、これらのメカニズムが正確にどのように機能しているかについては、まだ完全には解明されていません。

夏と秋に抜け毛を気にしている事実

2017年にBritish Journal of Dermatologyに掲載された研究は、人々が夏や秋に抜け毛を特に気にしているという傾向を裏付けています。Hsiang氏らの研究では、季節ごとの「脱毛」というキーワードのGoogle検索頻度を分析しました。その結果、春に比べ、夏の検索頻度は5.74倍、秋は5.05倍も高くなることが確認されました。さらに、冬においても検索頻度は2.63倍高く、春が最も検索頻度の低い時期であることがわかりました。このデータは、夏と秋が人々にとって抜け毛の悩みが最も強く表れる時期であることを示しております。

季節性脱毛を考慮した診療の重要性

実際の診療現場において、季節性の脱毛現象を考慮することは非常に重要です。特に、頭皮や頭髪の評価を行う際には、季節ごとの脱毛パターンを見逃さないことが求められます。たとえば、ある患者が治療を始め、春先の4月から5月にかけて髪の状態が非常に良好だと感じているとします。しかし、その患者が9月に再度来院し、急激な脱毛に不安を感じている場合、季節性脱毛が原因である可能性を考慮しなければなりません​。

季節性脱毛は、治療が成功しているかどうかの評価に影響を与えるため、医師としてはこの現象をしっかり理解しておくことが不可欠です。例えば、治療が順調に進んでいるにもかかわらず、秋口に一時的な抜け毛の増加が見られた場合、それは必ずしも治療の失敗を意味するわけではなく、自然な季節性の変化である可能性があります​。このような状況では、患者に対して適切な説明を行い、不安を軽減することが大切です。

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まとめ

この記事では、8月から9月にかけて抜け毛が増えることが、ごく自然な生理現象であることを解説しました。多くの雑誌やウェブサイトでは、「夏に浴びた紫外線が原因」や「夏バテによる栄養不足が原因」といった説明がされていますが、実際にはこれらの要因ではなく、季節的な生理現象としての脱毛が影響しています。秋になると洗髪時に抜け毛が増えることに気づいても、それは決して薄毛の兆候ではなく、人体の自然な反応であると理解することが大切です。

季節の変わり目に髪が抜ける現象は、人間の体が環境に適応する一環として起こるもので、哺乳類の換毛現象に似たものです。このブログ記事を通じて、季節性脱毛に対する不安を少しでも軽減し、正しい知識を持って冷静に対応できるようお役に立てれば幸いです。

 

 

筆者:元神 賢太
船橋中央クリニック院長/青山セレスクリニック理事長。1999年慶応義塾大学医学部卒。外科専門医(日本外科学会認定)。美容外科専門医(日本美容外科学会認定)。美容外科医師会理事。これまで延べ5万以上の薄毛治療を行う。著書に「専門医が徹底解説!女性の薄毛解消読本」(元神賢太著 / 幻冬舎)。女性の薄毛治療のほか、エイジングケア治療、美肌治療を得意としている。

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