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私の履歴書(第2回)
更新日:2017/11/07
公開日:2013/06/11
前々回のブログ「根性焼き、たばこの火傷跡を消す」
に書いた僕の過去の行いが、一部の読者にはけっこう衝撃的だったらしいです(笑)
なので、今回は、爆竹当時の中学生時代を思い出して、2010年に書いた「私の履歴書」以来の2回目を書きます。
(「先生、履歴書の第2回書いてください」との患者様からの要望がありましたし)
私は中学時代、「森田塾」という超スパルタ塾に通っていました。場所は、神戸市灘区六甲道にあった塾です。地元の一部では、ある程度知れ渡っていた塾です。なぜ知れ渡っていたかと言うと、そのスパルタぶりからです。宿題を忘れると、竹刀で頭を叩かれたり、竹の端キレで顔をたたかれたり、大の大人(塾の先生)に思い切りビンタされ、体を吹き飛ばされたり。。。そんな塾でした。(血を流していた同級生もいたな~)
ちょっと前の「ゆとり教育」とは、正反対です。
入塾したばかりの中学1年の春、その時の森田塾の国語の先生(武田先生)の言葉を今でもよく覚えています。(多少言葉は違うかもしれませんが、次のようなニュアンスです)
「お前らは、中学受験で失敗した敗者だ。そして中学受験で失敗するような奴に天才はいない。天才は、皆中学受験で成功している。敗者で、凡人のお前らが、成功するには、人一倍努力しないといけない。頭がいいなんて思うな。本当に頭のいい奴は、とっくに受かっている。。。」などなど、散々自分の出来の悪さを叩き込まれました。中学3年間、折りに触れてこんな話ばかり聞かされるので、「努力しないと人並みになれない」と完全に洗脳されてしまいましたね。
世の普通の大人たちが「子供は無限の可能性がある」などと発する影響で、自分は特別な存在だとまだまだ勘違いしたい年頃なのに、森田塾は12年の人生を全否定するわけです。森田塾が中学生の僕に与えた影響は計り知れません。事実、その言葉は今でも僕の人生に影響を与えています。
塾には絶対部活に入るなと言われ、中学1年は週4回、中学2年は週5回、中学3年は週6回の塾通いでした。夏休みも冬休みも勉強合宿。ストレスというものがまだ認識できない年頃なのに、心は相当に貯まったストレスを解放させるやり場を探していたのかもしれません。
そんな生活を送っていた中での「爆竹事件」でした。授業が始まる前に、黒板の横にあった新品のチョークが入った箱の下の方に爆竹をしかけ、少し導線を長くして、爆竹を爆発させます。そうすると、チョークは箱の上では新品のまま並んでいるのに、中は全部折れているのです。授業中に先生が『新しいチョークを、』と思って、手を伸ばしたのに、何度も折れた短いチョークを出てくるのです。隣の友人と込み上げてくる笑いをぐっと凝られながら、目を見合わせたのを今でも覚えています。でも、これが成功したのは1回だけで、後日2回目の爆破決行直後に現行犯で先生に捕まり、ボコボコに殴られました。
あれは、確か中学3年の春でした。本来は授業を受けるべき時間(4時間)を塾の職員室でずっと正座させられました。親も呼び出されました。相当叱られて初めて「親に迷惑をかけている、親の期待に沿うような行動をしたい」と思った瞬間だったかもしれません。それから心を入れ替えたのか、相当成績が伸びたのは、今でも覚えています。
僕の中学時代の記憶に今でもかなり大きなウェイトを占めている爆破事件の全容はこのようなものでした。
まだまだいろんなことを書きたい中学時代ですが、またの機会に続きを書きますね。
以上、私の履歴書(第2回)でした。
元神賢太
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