投稿日:2024/02/21
(最終更新日:2024/02/21)
代償性発汗は必ず起こるのか?対策や治療法はあるのか?
ETS手術(内胸腔鏡下交感神経切断術)は、手掌多汗症や腋窩多汗症など、一部の慢性的な多汗症患者に対する治療法として知られています。この手術は、交感神経の特定の部分を切断し、過剰な手汗や脇汗、顔汗を軽減することを目的としています。しかし、ETS手術は必ずしも完璧な解決策ではありません。実際には、手術後に代償性発汗という新たな悩みに直面することがあります。代償性発汗とは、手術で発汗が抑制された部位以外、たとえば背中、腹部、足などで異常に発汗が生じる状態を指します。この現象は、多くの患者にとって予期せぬ副作用となり得るのです。本記事では、代償性発汗が発生する原理、その発生率、そして代償性発汗の対策や治療法について、詳細に解説していきます。
そもそもETS手術とは
内胸腔鏡下交感神経切断術(ETS)は、過剰な発汗を治療するための外科手術です。特に、手汗、脇汗、顔汗、頭汗の多汗症に対して行われます。この手術は、交感神経系が刺激されることによって生じる発汗を減少させることを目的としています。ETS手術の流れは以下の通りです
■全身麻酔と皮膚切開
患者は全身麻酔下に置かれ、背中やわき腹に小さな切開を数か所行います。ここよりカメラや器具を挿入して、胸腔内にアクセスできます。また、この際呼吸により肺の膨らみが手術の邪魔にならないように片側の肺だけに呼吸させる片肺換気による麻酔手術で行われます。
■交感神経の特定
カメラ(胸腔鏡)を通じて、交感神経を特定します。交感神経は背骨の側面に沿って走る神経束で、身体の様々な自律神経機能を制御しています。
■交感神経の切断またはクランプ
手術の目的に応じて、T2(胸椎2番)、T3(胸椎3番)などの特定のレベルの交感神経を切断またはクリップでクランプします。T2、T3というのは背骨の特定の部分(胸椎の2番目と3番目の椎骨)を指し、このレベルの神経を操作することで、手のひらや脇の下などの特定の部位の発汗をコントロールします。
■手術の完了
手術が終わると、切開部は閉じられ、患者は回復室へ移されます。ETS手術は通常、発汗のコントロールに効果的ですが、合併症のリスクがあります。最も一般的な合併症は代償性発汗で、これは手術した部位以外の身体の部分で過剰な発汗が生じる現象です。例えば、手のひらの発汗が減少すると、背中や腹部で発汗が増加することがあります。
代償性発汗はなぜ起こるのか?
代償性発汗の発生原因は、現在の医学ではまだ完全には解明されていません。ETS手術(内胸腔鏡下交感神経切断術)によって特定の交感神経が切断されると、体はこの変化に反応して残った神経の活動を過剰に高める可能性があります。この過剰な神経活動が、手術で発汗が抑制された部位以外の体の他の部分、例えば背中や腹部、足などで異常な発汗を引き起こすとされています。しかしながら、この現象に関する具体的な科学的証拠はまだ十分にはありません。
加えて、特にETS手術でT2レベル(胸椎の2番目の部分)の交感神経を操作することが、代償性発汗のリスクを高めるといわれています。T2レベルでの手術が行われると、体温調節に重要な役割を担う視床下部への神経のフィードバックが中断される可能性があり、これが代償性発汗のリスクを増加させると考えられています。
このように、代償性発汗の発生には複数の要因が関わっていると推測されており、それぞれの患者において異なる反応が生じる可能性があります。代償性発汗の理解を深めるためには、さらなる研究が必要ですが、現在のところ、これを完全に防ぐ方法は明確には確立されていません。患者と医師は、ETS手術のリスクと利益を慎重に評価し、個々の状況に最適な治療法を選択する必要があります。
出典元:
Surgical management of compensatory sweating: A systematic review
代償性発汗は回避が困難なETS手術の合併症
日本皮膚科学会による「原発性局所多汗症診療ガイドライン 2023 年改訂版」では、ETS手術(内胸腔鏡下交感神経切断術)後の代償性発汗を完全に防ぐ方法は確立されていないとされています。このため、手術を検討する際には、代償性発汗のリスクに関する十分なインフォームドコンセントが不可欠です。しかし、一部の研究では、手術の際に遮断する神経の部位を慎重に選択することで、重度の代償性発汗のリスクを軽減できる可能性が示唆されています。特に、T2領域(胸椎の2番目の部分)の遮断を避けることによって、代償性発汗のリスクを減少させることが可能です。手掌多汗症の治療では、T3領域(胸椎の3番目の部分)以下の遮断でも効果が期待できるため、T2領域の遮断は避けるべきとされています。一方で、頭部顔面多汗症の治療においては、T2領域の遮断が必要となるためこの場合は患者に代償性発汗のリスクに関する詳細な説明と同意を得た上で手術を行うべきとされています。
出典元:
代償性発汗の頻度
代償性発汗の発生頻度は、過去数年間で変化が見られています。2006年頃から、この合併症の頻度は徐々に減少傾向にあるとされています。近年の医学論文では、交感神経の遮断をT3領域より下位で行うことにより、代償性発汗の頻度を低減しつつ、手掌多汗症に対する効果は以前と変わらないとする報告が増えています。これらの研究報告によると、代償性発汗の発生頻度は概ね20%以下であるとされていますが、客観的なデータの欠如が指摘されています。現在のところ、代償性発汗の実際の発生頻度の減少が事実なのか、発生頻度自体は変わらずに症状の程度が軽減されているのか、発汗部位や発汗過程が変化しているのかについては、明確には分かっていません。これらの情報は、主に患者の主観的な報告に基づいており、客観的な評価が求められています。
代償性発汗のジレンマ ;ETS手術の副作用への懸念
重度の手汗や頭汗に悩まされる患者の中には、最終手段としてETS手術(内胸腔鏡下交感神経切断術)を選択する方もいます。しかし、この手術の副作用として起こり得る代償性発汗は、頭汗の治療においてはほぼ100%の確率で、手汗の治療では約20%の確率で発生することが報告されています。この副作用の発生は予測不可能であり、ETS手術のリスクとして重要な問題点となっています。代償性発汗の最大の問題は、多汗症の原症状よりもさらに重度の発汗状態を引き起こすことがある点です。治療を受けた部位の多汗症が軽減される一方で、臀部、背中、胸など、他の部位の多汗症が深刻化することがあります。私は多くの患者が代償性発汗に苦しんでいるのを目の当たりにしてきました。これらの症例から、ETS手術が代償性発汗という副作用を起こさない方法に改良されない限り、この手術を推奨することはできません。
代償性発汗の治療
代償性発汗は、治療可能な症状です。現在、ボトックス、ビューホット、ミラドライといった治療法が提供されていますが、その中でもボトックスが特に効果的で推奨される治療方法です。
■ ボトックスによる治療
ボトックスは、多くの医学論文でその有効性が証明されており、代償性発汗に対する治療法として広く認められています。治療を受けた患者の中で、ほぼ100%がボトックス治療に満足しているというデータが存在します。その確実性と手軽さから、私自身も代償性発汗治療の第一選択としてボトックスを推奨しています。
■ ビューホットまたはミラドライ
ビューホットは高周波を利用し、ミラドライはマイクロ波を利用した治療法で、どちらも多汗症に対して効果が期待できます。これらの方法は多汗症の症状を最大50%程度まで改善する可能性があります。しかし、代償性発汗による重篤な症状に対しては、50%の改善でも患者が十分な満足を得られるとは限りません。
ボトックスによる代償性発汗は起こらないのか?
従来、ボトックス治療による代償性発汗の発生はほとんど報告されていませんでしたが、近年の研究により新たな知見が得られています。最新の研究では、原発性局所多汗症の患者89名のうち、ボトックス治療またはイオンフォトレーシスを受けた24名(約28%)が代償性発汗を体験したことが報告されています。このうち、16名(約75%)は軽症、7名(約21%)は中等度、1名(約4%)は重症の代償性発汗を経験しました。代償性発汗を発症したいずれの患者も症状は数か月で自然に改善され、これらの患者でも、ボトックス治療またはイオンフォトレーシスに対する満足度に大きな変化はなかったとされています。これらの結果から、ETS手術に比べてボトックス治療による代償性発汗は、もし発生しても一時的であり、長期的な多汗症の問題にはなりにくいと考えられます。ボトックス治療は、安全性が高く、多汗症の症状を効果的に管理できる選択肢として、引き続き患者に推奨される治療法と言えるでしょう。
Compensatory Hyperhidrosis After Non-Surgical Treatment of Primary Focal Hyperhidrosis: Two-Year Single-Centered Prospective Study From Jordan. Jihan Muhaidat, Firas Al-qarqaz, and Diala Alshiyab
ボトックス注射の長期効果;多汗症治療における新たな展望
私の経験に基づくと、多汗症治療におけるボトックス注射の効果は個人差がありますが、興味深い傾向が見られます。通常、ボトックスの効果は約6か月程度持続するとされています。しかし、定期的にボトックス注射を受け続けている患者の中には、その効果がより長期間にわたって持続するケースや、以前よりも多汗症の症状が改善されたと感じる方がいらっしゃいます。
この現象は、神経と汗腺の間に何らかの変化が起こっていることを示唆しているかもしれません。ボトックス注射を継続することにより、神経伝達物質の放出が抑制され、汗腺の反応性が時間とともに変化する可能性があります。この点に関しては、まだ明確な科学的根拠は限られていますが、患者の体験談や臨床経験から、ボトックス注射が長期的に多汗症の症状を改善する可能性があることが示唆されています。多汗症治療において、ボトックス注射は効果的な選択肢の一つであり、患者によっては長期的な持続的な効果がある可能性があることを念頭に置くことが重要です。
まとめ
ETS手術は多汗症治療において選択肢の一つですが、多くの患者が手術後に代償性発汗の問題に直面することがあります。そのため、私はETS手術を慎重に検討すべきと考えます。特に、ボトックス注射という非常に優れた治療法が存在する現在、手汗、足汗、顔汗・頭汗に対しては、ボトックス注射を第一の選択肢として推奨します。また、既にETS手術後の代償性発汗で苦しむ患者に対しても、ボトックス注射は有効な治療法です。
ボトックス注射は治療時の痛みは懸念事項ですが、筆者が推奨するマスク麻酔による完全無痛麻酔を用いることで、患者は痛みを全く感じることなく、寝ている間にボトックス注射を受けることができます。ボトックス注射は、多汗症や代償性発汗で悩む多くの患者にとって効果的かつ安全な治療法であり、多汗症の悩みを解消する手段として最も良い方法と考えます。
筆者:元神 賢太
船橋中央クリニック院長/青山セレスクリニック理事長。慶応義塾大学医学部卒。外科専門医(日本外科学会認定)。美容外科専門医(日本美容外科学会認定)。美容外科医として20年以上の経験がある。手掌、足底、顔面、頭部の原発性多汗症に対して、マスク麻酔を併用した無痛のボトックス注射を日本で初めて行っている。また、わきが多汗症の治療器のビューホットを日本にいち早く導入し、これまでワキガ、スソワキガ、多汗症の治療例はこれまで延べ1万人を超える。
【関連項目】
足汗がひどい原因:足底多汗症の遺伝的背景と最新治療法の徹底解説
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